はじめに:なぜPMに共感が必要なのか
プロダクトマネージャー(PM)の仕事は、「何を作るべきか」を見極めることから始まります。しかし、その答えは会議室の中にはありません。実際の現場やユーザーの声に耳を傾けなければ、せっかくの時間や労力が報われないこともあります。
ユーザーのことをよく知らないまま企画を立てれば、ニーズに合わないものを作ってしまうリスクが高まります。こうした状況を打開するために注目されているのが、「デザイン思考」です。
デザイン思考は、ユーザー中心の課題解決アプローチとして、さまざまな業界で活用されています。特に、複雑で正解がひとつではないような課題に対して、チームで創造的に取り組む際に効果を発揮します。
デザイン思考には以下の5つのステップがあります:
- 共感(Empathize)
- 問題定義(Define)
- 発想(Ideate)
- 試作(Prototype)
- テスト(Test)
この中でも「共感」は、すべての工程の土台となるステップです。ユーザーをよく理解することで、真に必要とされる解決策が見えてきます。
この記事では、「共感」にフォーカスし、未経験PMでもすぐに活かせる考え方や手法、実際の事例をご紹介します。ユーザー視点を持つことの大切さを、実践を通じて一緒に学んでいきましょう。

共感フェーズとは何をするのか?

共感フェーズの目的は、ユーザーの行動や言葉の奥にある「本音」や「背景」を理解することです。表面的な不満や要望にとどまらず、「なぜそう感じたのか」「どんな状況だったのか」に迫ります。
たとえば「このアプリは使いにくい」と言われた場合、原因は人によって異なります。操作が複雑なのか、表示が分かりにくいのか、そもそも利用環境に適していないのか──その“なぜ”を掘り下げることが重要です。
大切なのは、情報をただ集めるのではなく「ユーザーの立場に立つ」こと。相手の状況や感情を想像し、その人の行動や言葉を丁寧に受け止める姿勢が、真の課題にたどり着く鍵になります。
また、共感はユーザーとの信頼関係づくりにもつながります。「話を聞いてくれた」「理解しようとしてくれた」と感じてもらえれば、より深い本音を引き出すことができるようになります。
まずは「話を聞いてみよう」という素直な気持ちで、目の前の一人と丁寧に向き合うことから始めてみてください。
よく使われる共感フェーズの手法
共感フェーズでは、次のような手法がよく使われます。これらは難しいスキルを必要とせず、誰でも実践可能です。
インタビュー:ユーザーに直接話を聞き、日常の困りごとや行動パターンを深掘りします。「どうしてそう感じたのですか?」「そのとき何を考えていましたか?」といった問いかけが、思わぬ気づきを生みます。
観察(フィールドワーク):ユーザーが実際にプロダクトを使っている様子を観察し、言葉では現れにくいクセや戸惑い、工夫に注目します。
ペルソナ作成:調査から得た情報をもとに、代表的なユーザー像を架空のキャラクターとして構築します。誰のためのプロダクトなのかをチーム全体で共有する助けになります。
エンパシーマップ:ユーザーが「見ていること」「考えていること」「感じていること」「話していること」などを図にまとめ、ユーザー理解を深めます。
日記法・行動ログ:ユーザー自身に一定期間の行動や感情を記録してもらう方法。日常的な視点での気づきや悩みを把握するのに役立ちます。
手法 | 内容 | メリット | デメリット | 適した場面 |
---|---|---|---|---|
インタビュー | ユーザーに直接話を聞き、日常の困りごとや行動パターンを深掘りする。問いかけによって新たな気づきを得る。 | 深い背景情報が得られる/対話を通じて柔軟に掘り下げられる | バイアスがかかる可能性がある/対象者の数が限られる | ユーザーの課題や背景を詳しく知りたいとき |
観察(フィールドワーク) | ユーザーが実際にプロダクトを使う様子を観察し、言葉に表れないクセや戸惑い、工夫を読み取る。 | 無意識の行動が見える/リアルな利用状況を把握できる | 実施に手間と時間がかかる/観察者の解釈に偏りが出る場合がある | 実使用時の行動やつまずきを把握したいとき |
ペルソナ作成 | 調査結果をもとに、典型的なユーザー像を架空のキャラクターとしてまとめる。 | チームでユーザー像を共有しやすい/意思決定の方向性が明確になる | 想像が入りやすく偏ることがある/古くなると陳腐化する可能性がある | 複数のユーザー傾向を整理して共通理解を持ちたいとき |
エンパシーマップ | ユーザーの「見ている・考えている・感じている・話していること」などを視覚的に整理する。 | ユーザー像を多角的に把握できる/情報の可視化によりチーム内共有がしやすい | 情報の整理に時間がかかることがある/抽象度が高くなりすぎる場合がある | ユーザーの感情や視点を可視化して議論したいとき |
日記法・行動ログ | ユーザー自身に一定期間の行動や感情を記録してもらい、日常的な行動の背景や変化を探る。 | 時系列での行動が把握できる/非接触でも情報収集ができる | 記録の負担がかかるため継続が難しい場合がある/主観的な記述になることがある | 長期的な行動や生活パターンを分析したいとき |
「よく見る・よく聞く」ことを意識するだけで、ユーザー理解は大きく深まります。


共感の力が生んだ成功事例
Airbnb:写真1枚が信頼感を左右する
Airbnbの創業初期、なかなか予約が増えず苦戦していました。創業者たちは実際にホストの部屋を訪問し、ユーザー目線で体験を確認します。すると「部屋の写真が暗く、魅力が伝わっていない」ことに気づき、プロカメラマンによる撮影サービスを導入。結果、予約率が大幅に向上しました。
ユーザーの「信頼できるか不安」という心理に共感し、それに応えるアクションを取ったことで、大きな転機を迎えたのです。
PillPack:薬の管理に寄り添う
PillPackは、薬を時間ごとに小袋に分けて届けるオンライン薬局サービスです。創業者は薬局勤務中、高齢者が薬の管理に苦労している様子を目の当たりにし、「もっとわかりやすくしたい」と考えました。
その発想から、飲むタイミングごとに薬を個包装する仕組みが誕生。ユーザーの不安や混乱を減らす設計が評価され、後にAmazonに買収されるほどの成功を収めました。
どちらの事例も、ユーザーの視点に立ち、実際の困りごとに寄り添ったことで成果を上げています。
共感がPMに与える実務的な効果

共感は、PMが「正しい課題」に集中するためのコンパスになります。ユーザーの声に耳を傾けることで、要件定義や優先順位づけに説得力が生まれ、無駄な議論も減ります。
私自身、ある機能の要否で迷っていた際、「この操作が面倒で途中でやめてしまう」というユーザーの声が決め手になりました。そのエピソードをチームで共有したところ、全員が納得して優先的に改善に取り組むことができました。
共感はチーム内の会話にも影響を与えます。ユーザーの困りごとを“自分ごと”として捉えることで、メンバーの主体性やモチベーションが高まります。
明日からできる!共感力を高める3つのコツ
① ユーザーの言葉をそのまま受け止める
相手の話をまとめたり、解釈したりせず、まずはそのままの言葉で受け取ること。「そう感じたんですね」と認めるだけで、相手は安心して本音を話しやすくなります。
② 行動を観察するクセをつける
会話の内容だけでなく、どんな順番で操作したか、どこでつまずいたかなどを観察しましょう。小さな動きにこそ、大きなヒントがあります。
③ 思い込みに気づく
「たぶんこうだろう」と決めつけず、「なぜそうしたのか?」と問い直す習慣を持つことで、新しい発見につながります。違和感や意外な行動には、課題のヒントが隠れています。
共感力は、生まれつきの能力ではなく、日々の意識と実践で育てられるスキルです。
まとめ:共感から始めよう
共感フェーズは、ユーザーの「本当の困りごと」を見つけるための出発点です。インタビューや観察を通してユーザーの立場に立つことで、価値あるプロダクトづくりの土台が整います。
AirbnbやPillPackのような事例が示すように、共感は革新的なアイデアやサービスにつながる原点です。そして共感は、経験や専門性に関係なく、誰でも意識次第で伸ばしていける力です。
まずは、次の会話で「なぜそう思ったのか?」と聞いてみる。それだけで、あなたのPMとしての一歩が始まります。
焦らず、一歩ずつ進んでいきましょう。
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